氣功外気セッションと高尾山。

新メニュー<氣功外気セッション>始めます:氣功外気療法を施術者の私がしていることをお伝えしながら行います。そうすることで、受けてくださる方自身もより天とつながり積極的な受信器になれて、結果、自然治癒力もさらに高まります。自宅でできる質の高いセルフケアも身につけていけると思います。

氣功外気療法というのは、一方的なものではありません。施術者は天や自然界その他にアプローチして、そのエネルギーを受けてくださる方に送ります。ここで受けてくださる方が受けようとしてくださると尚良いのです。なので遠隔などでも日程をお知らせして行った方がより良好です。このエネルギーのやり取りを簡単にですが言葉に出し合いながら、セッションしながら外気療法をしていくメニューとして、氣功外気セッションを考えました。約90分のお時間で¥10,000です。どうぞ、ご利用ください。よろしくお願いいたします。

さて、猛暑猛暑とニュースでは言っていますが、7/29の今朝は朝早起きして、高尾山に行ってきました。往きは6号路というびわ滝コースをゆっくり歩きました。沢沿いで涼しいです。最後の階段だけちょっとキツイです。

びわ滝
イワタバコ
樹々も美しい
ゆっくりマイペースで。
向こうに頂上が
富士山に、こんにちは。とろろ蕎麦も食べて。
薬王院へのお参りもできた。

この後はまた少し歩いて、リフトで降りました。高尾山口駅の極楽湯にゆっくり入って、めちゃくちゃサッパリして、ビールを一杯と軽食をいただいてから、電車に乗って帰宅。朝は吉祥寺発7:17で、帰りは吉祥寺着14:26。帰宅してからも今日は風があって、夕方の今、バルコニーでこのブログを書いています。とても良い休日でした。自由に乾杯!

WHOから命をまもる国民運動

2024年5月31日、日比谷公園で行われた「WHOから命をまもる国民運動」に参加してきました。自分の人生の中で、こうしたプラカードを持ち、シュプレヒコールを叫ぶ時が来るとは全く思っていませんでした。でも、今、日本は危機に瀕しています。ぜひ、皆さんにも興味を持って行動してほしいです。シュプレヒコール集を読んでください。

氣功をしてきて、天地につながり、自然を感じて、自らを感じて、、、真理を体感して、生き方に反映してきました。〜WHOから命をまもる国民運動の団扇の文言『WHOから命をまもる国民運動 立ち上がれ!日本国民「全ての人が健康と幸せを自由に選べる世界に」』〜

自らに由る。

コロナ禍の不自由さの中で「ああ、私は本当に自由が好きなんだな」と実感しました。気功の練習で、この身体という器の中心点と中心軸を明らかにしていき、自分をコントロールすることやコントロールを手放し委ねてみることを続けてきました。そうした過程で、不自由だった自分がどんどん自由になってきたと感じています。身体も心も。

あらためて「自由」という言葉の意味を検索してみました。〜仏教が由来で「自らに由る」とあるように、自らの意志をよりどころにすることを意味した言葉であり、執着から解き放たれた状態である「解脱」を表すこともあります。〜

なるほど。上手く言えませんが、気功練習での体感から、よりどころにする、解き放たれる、ということがとてもよくわかります。ありがたいなあと思います。とは言え、身体はすぐにがんじがらめになってしまうので、日々の練習がケアになります。

桃の花かな?
センダンというのだそう。
お正月のお花は、水仙と白梅が終わって寂しくなったので、市民農園から摘んできたナズナと仏の座、それにバルコニーの五色葛を加えたら格段と私好みになった!

外を歩いていると、頂いてきたい花や草に溢れています。でも、他人様のお庭であったり公共の道端であったりするので、グッと我慢してます。せいぜい河川敷位でしょうか?そんなに遠慮せずに頂いてこれるのは。市民農園で借りている畑は私が使用料を払っているので、遠慮なく野菜を育て、草も摘んでこれるので嬉しいです。

ナズナと仏の座は春の七草ですから、食べられるんですよ!むふふ。

自由に幸せに生きましょう。

生まれた時は純粋無垢な私たちも、いつの間にか、誰かを恨んだり、妬んだり、自分以外の何かのせいにしたり、、、そんな経験は、誰にでもあると思います。それでもその時々に懸命に生きてきたのですから、それに気づいたらやめればいいだけです。そうやって、魂は成長していくと思います。そして、魂は生き続けるとも言いますから、学びに手遅れは無いのです。

人のいのちは、広大な宇宙から眺めたら、本当に光の一粒でしょう。でも宇宙は、そんな私たちを含めた全ての、一粒一粒の集合体です。そして、この私という存在の、今の人生は一瞬。だけど、魂は永遠。そうだとしたら、永遠の中の一瞬である、今の人生をどう生きるか?です。宇宙を全体でとらえたら、私たちも宇宙と一体化した一つ。でも宇宙の中の一粒一粒とみたら、私たちは個々。貴方は貴方、私は私、です。

それは、夫婦であっても、親子であっても同じです。
私自身の人生を振り返ると、親の思い通りに私も疑問を感じることなく育っていた時代と、親の思いとは全く異なった生活をしていた時代もあります。私が離婚した時には、完全に親の期待を裏切り、また悲しい思いをさせたのでしょう。父は「お前は、全く、しょうがねえなあ」と言って涙を流しました。結婚生活は、努力しました。努力しても、どうしてもどうあがいても、上手くいきませんでした。だから離婚しました。でも結婚も離婚も私が決めたこと、それまでの人生も全て、置かれた環境の下でではありますが、私自身が決めてきたことでしたから、私には後悔がありませんでした。

離婚して現在までの間が、私の人生で一番多くを学んできていると思います。自分の性質をよく知り、受け容れ、同じように他人も受け容れられるようになってきました。そして、いつも行き着くのが、感謝なのです。どんなに自分が至らなくても、許しと愛が必ず来るのです。かつては、他人から許して欲しくて、他人から愛されたくて、でも叶わないことで苦しんだのです。今は、自分から他人も自分も、許し愛することをしています。そして、全てに感謝することが自然にできます。全てはお陰様なのです。

もし、貴方が今、不幸せだと感じていて、「どうぞ、いいんですよ。今、この時点から自由に幸せに生きてください」と言われたら、どうなさいますか?
行きたいところにすぐに行く?海外旅行?愛する人のところへ駆けていく?でも、もしかしたら、ただ今、できることをするだけではないでしょうか?昨日と同じように。

でも、自由であるという気持ちが、嬉しく、楽しく、自然に笑みが溢れてくるのではないでしょうか?さあ、貴方は、一体全体、何に縛られていたのでしょうか?

宇宙の中の光の一粒である貴方が輝かすのは貴方自身です。どうぞ、微笑んで輝やいてください。その輝きはいつか周りを照らします。一粒の存在としての幸せは全体の幸せにつながっていきます、それはそれは、とっても素晴らしいことではないでしょうか。

幸せでいましょう。幸せは、すぐここに、目の前の透明なガラスの向こうににあるのだと私は思います。

解き放ち、自由になっていく。

氣功は、氣を集めたり、散らしたりします。初心者は、しっかり集めると、すっきり散らす感覚がわかりやすいです。上級者になってくると軽い意識で、氣を集めたり散らしたりできるようになります。散らすという表現は粒子的、物質的ですが、氣は見えませんが細かい粒子ですから、この表現になります。まことに、氣というもの、エネルギーというものは不思議ですが、氣功をすると実感できるので、自分の中の必要のない執着エネルギーも散らして解き放ち、自由になっていけます。ありがたい限りです。