いのちの循環

昨年4月から武蔵野市の市民農園を借りて、無農薬無化学肥料で野菜作りをしています。小さな種から芽が出て、葉が出て、花が咲いて(根菜は根が伸びて)育っていく姿に、とても感動します。

更年期に入った頃に体調を崩して、食生活を見直したりして、友人の影響もあり、衣食住全てできる限り、自然なものを心がけてきました。合理性便利性を追求してきた現代社会では難しいのでしょうが、なんで自然を汚すものや自然に還らないものを作るのかなあ?と思っている位でして。

無農薬無化学肥料のお米や野菜を食べていると、そのお米の糠やら野菜屑やらも安心なわけで、糠は肥料にしています。野菜屑をコンポストで肥料にすることもできるのですが、そこまでは自宅のスペースの問題などあってしていません。でも、いつかもっと広いところで家庭菜園ができたらぜひこの野菜屑も肥料として土に還して循環させていきたいと思っています。

私たち人間も自然の一部です。この自然の循環の中で役割を果たすことも大切だと感じます。山を守り、森を守り、川を守り、海を守っていくこと。それは自分自身のいのちを大切にすること、守っていくことと同じです。そんな視点で何かできることをしていきたいと思っている今日この頃です。

ルッコラの芽
落花生の花
カボチャ
人参

足の小指から学ぶ。

1月末に打撲した右足小指、4日間湿布とテーピング、歩いたりするのはさほど痛くなく、ただ、抑えると痛いので靴が履けずに草履ばきで外出でした。鎮痛効果のある琵琶の葉エキスを塗って、周囲を軽くマッサージしたり股関節の調整をしたりして過ごしていましたが、生徒さんの強い勧めもあって、エコーを撮ってくれる整骨院へ。ヒビはなく、打撲でしょうと言うことで、ピリピリする電気療法とテーピングをしてもらいました。(*保険治療を望むなら、早めに通院しないといけないと知りました)

電気療法は、ピリピリがだんだん無くなって痛みも軽減です。さらに2月中旬に鍼灸で腫れているところに鍼を刺して血を出してもらったら腫れが小さくなりました。刺絡というのだそうです。電気を3回、鍼を1回して、まだ少し腫れが残っています。

足の小指を通る経絡は太陽膀胱経で、ざっくり言うと、足の小指から脚の後ろ、そして背骨横を通って後頭部を通って目頭まで行っている長〜い経絡です。私もよく施術させていただく経絡で五臓六腑全身に関わっていますから、経過観察を内臓にもスポットを当てて続けていこうと思っています。

今回、怪我の功名だったのは、足の小指のことを調べてたら、内反小趾というのを知りました。足の小指が縮こまって、母趾の方向に曲がってしまっていて(寝てしまっている寝指というのもあり)、O脚やX脚、膝痛や腰痛、骨盤のズレ、足首の捻挫癖などさまざまな症状につながってしまうものです。外反母趾もそうですが、内反小趾や寝指も改善しておきたいものです。改善方法もいろいろな方がいろいろな事をおっしゃっていて、ストレッチやテーピングなどですが、驚いたのは、私は5本指ソックスなのですが、5本指ソックスは返って指の力を入りにくくするので親指と他の4本が離れる足袋がいいと言っている方がいました。要は「ちゃんと足の指を使いましょう」と言う事だと私は理解しました。

そして、私自身の改善方法は、足指から腰までの下半身のマッサージやストレッチはもちろんの事ですが、もう一つはやはり歩き方!「踏んで、握って、蹴り出す!」

足裏全体で踏んで、大地からの反発を使って、さらに腹(下丹田)から歩くことは今までもお伝えしてきました。今回、小指の痛みが教えてくれたのは、ちゃんと指が大地を掴んで蹴り出してくれていたことです。それをさらに意識的に、アーチと全足指で行うことで、足裏から全身の健康につながっていくと感じています。この時、もう一つ大事なことは、股関節や膝などの余分な力みは要らないということです。

私たちの身体で不要なものは一つもありません。足の小指も手の小指も大切です。手の小指は脳によく作用します。生徒さんで子供の頃、ピアノを習い始めて小指で鍵盤を叩き始めたら、身体も元気になり勉強もできるようになったとおっしゃる方がいました。全身を活かして動き、動いたら休む、陰陽ですね。

地を踏み、膨らんだら、立てる。

5日前の日曜の夜に右足小指を打撲して、月曜朝は体重を乗せると痛い状態に。さらにトイレに座って、少しだけ硬めの排便を出す時にお腹の中のエネルギーも出してしまったようで、左腰も痛くなってしまった。お腹の中のエネルギーが抜けると風船がしぼんでしまったように腰が曲がってしまう。内臓も下垂してしまう。まさに腰の曲がった老婆状態。

さて、こういう何か体調不良が出た時は、まずは安静にするのが一番。しかし、今回はぎっくり腰ほどには痛みも無かったので、まさに実験のチャンス!教室は休まず、腰の曲がった状態もお見せしながらできたので、このブログにも今回の実験過程を記しておきます。

順を追って①元気な左足と右足の内側(親指側は大丈夫なので)で床をちゃんと踏んでみると、地の気が会陰まではやってくる。②それを腰や下腹に入れてくるのに左右の腸骨の腹側を両手で開いてみたら、少し下腹は膨らむが腰と胸が立ち上がっていかない。無理にお腹を突き出したり、胸を張ったり、首や頭を上げようとすると返って腰が痛む。背骨で何とかしようとしてもダメなのだ、腰は曲がったまま。③息をふうっ、ふうっと吐きながら、吐いたら必ず吸うことも身体は自動的にやってくれるので、身体に任せるようにしながら、肩が動いたりするのもそのままに、ふうっ、ふうっと続けると、本当に風船が人型に膨らんでいくように腰も伸びてちゃんと立てた。

さらに進んで②は腸骨を開くよりも、会陰を閉めて引き上げるようにする方がさらに良く、すぐに呼吸を始めたくなるので、結果③で息をするときに会陰を締めて引き上げる意識をすると①と③でまっすぐに立てる。ここでもう一つポイントは、焦らず、ゆっくりと自然に膨らむまで待つことが必要。

この③をしながら、思い出したのが私の93歳の母。腰が曲がっているのだけれど、椅子から立ち上がってから腰を伸ばすのに「ちょっと待ってて」と周りに声をかけてから、これをしていることを思い出した。母の場合は腰椎がもう変形してしまっているので、完全には伸びないけれど。

じゃあ、なんで母の腰椎は、伸び切らない形に変形してしまったのか?やっぱり氣だ!❶足を踏むこと、特に親指側を踏むことを疎かにした=地の氣を取り入れてなく足の内側の筋も弱くなっていった(因みに母はO脚になってきていた)❷会陰を締められなくなって内臓下垂が進み、腹部の氣量が低下した❸腎臓も弱くなってきたが無理して身体を使い、筋を正常に戻そうともせず、もちろん氣を流そうともせず、湿布に頼った❹腰痛や膝痛が悪化して、さらに氣は滞り骨の変形も進んだ。

教室では、足を踏んでリアルな地の氣を上げてくるのと同時に頭のてっぺんは天に引き上げて、スムーズに身体中にめぐらせることを、初級クラスでもやっていきます。中級クラスでは少し鍛えながらめぐらせる型をとっていきます。上級クラスでは地の氣と天の氣を循環させ、天地をつなぐ人としての存在をかんじていきましょう!その他、氣功学、陰陽五行、経絡学、西洋医学も取り入れながら、各クラスを進めていきたいと思います。

写真には写ってないが、大地の中にいっぱい根を張り、幹が太った結果が、この天に伸びる大木。

自らに由る。

コロナ禍の不自由さの中で「ああ、私は本当に自由が好きなんだな」と実感しました。気功の練習で、この身体という器の中心点と中心軸を明らかにしていき、自分をコントロールすることやコントロールを手放し委ねてみることを続けてきました。そうした過程で、不自由だった自分がどんどん自由になってきたと感じています。身体も心も。

あらためて「自由」という言葉の意味を検索してみました。〜仏教が由来で「自らに由る」とあるように、自らの意志をよりどころにすることを意味した言葉であり、執着から解き放たれた状態である「解脱」を表すこともあります。〜

なるほど。上手く言えませんが、気功練習での体感から、よりどころにする、解き放たれる、ということがとてもよくわかります。ありがたいなあと思います。とは言え、身体はすぐにがんじがらめになってしまうので、日々の練習がケアになります。

桃の花かな?
センダンというのだそう。
お正月のお花は、水仙と白梅が終わって寂しくなったので、市民農園から摘んできたナズナと仏の座、それにバルコニーの五色葛を加えたら格段と私好みになった!

外を歩いていると、頂いてきたい花や草に溢れています。でも、他人様のお庭であったり公共の道端であったりするので、グッと我慢してます。せいぜい河川敷位でしょうか?そんなに遠慮せずに頂いてこれるのは。市民農園で借りている畑は私が使用料を払っているので、遠慮なく野菜を育て、草も摘んでこれるので嬉しいです。

ナズナと仏の座は春の七草ですから、食べられるんですよ!むふふ。

今、ここから、光を。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

私は、元旦の実家で楽しい時間を過ごした帰宅道中、姉家族に同乗した車中で地震でした。埼玉からですから、その後電車の遅延もなく吉祥寺へ。徐々に地震の規模を知り、また航空機事故を知った時は「なんで?」となんとも言えず沈みました。それでも日々の日課になっている般若心経を唱えたり、能登に光を送ったり、自然環境保護の大切さを思ったり、昨日は勉強などもしていましたが、なんだか今回は長引いていました。

でも、今朝から私のもう一つの仕事である介護支援専門員の仕事関係の連絡が入ってきて、いくつかの連絡事項をこなしたりしているうちに、本当に前向きになれてきました。やらなければいけないことがあることのありがたさを感じました。

そして何よりも、航空機事故では、JALの客室乗務員の素晴らしい判断で全員無事でしたし、能登でも救助活動が続けられて無事に救助される方もいらっしゃって、、、日々の訓練、日々をいかに過ごすかの大切さをひしひしと感じています。

「今、ここから、光を。」

氣功を続けている人間として、このように社会が大変な時に一番にやれることは「天の光(愛と光)をおくること」だと思います。今、あらためて、私自身が肝に銘じます。たとえ、具体的な手を差し伸べられなくて、何もできないと思っても、その時、どこにいても、天の光をおくります。

もちろん、氣功をしていなくて、誰もができます。エネルギーは必ず届くのです。ご一緒にしましょう!

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

皆様 あけましておめでとうございます。令和6年が皆様にとって素晴らしい一年となりますよう、お祈り申し上げます。

ここ数年、恒例となったスポットからの初日の出です。
同じスポットから、初陽を浴びた富士山。
井の頭弁財天様の後ろからも初陽。
弁財天様に初詣をして、七井橋から。
今年の初ご飯、御神酒は昨日、明治神宮で。感謝!

初ジョギングもできて満足です。これから埼玉の実家に行って参ります。健やかに歳月を重ねるように心がけて、この命とこの日々に感謝して、今年も生きていきたいと思います。今年もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。

令和5年大晦日

今年はどんな年でしたか?世界では戦争、日本は円安に物価高、そしてまだワクチン、、、そんな中で、私自身は無理せず働き、すごく身近な幸せと遥か遠くの幸せに目を向けた年だったように思います。

大晦日の今日、目覚めると東京の朝は雨に浄化されていました。午前はゆっくりと黒豆を煮ながら窓拭きをして、午後は明治神宮へ年末詣に行って参りました。ありがたいことに、ちょうど年越しの大祓の儀を見学できて、今年の罪穢れを祓うことができました。

今年一年、誰もが頑張って乗り越えたように思います。来年もただ、一日一日に感謝して生きて参りましょう!

意が行けば氣が行く。氣が行けば血が行く。

氣というのは、意識を向けたところに必ず行くものです。意識を向けるとはそこをみることになります。氣功の練習では、視るもしますし、観るもします。目は開けていても閉じていてもいいのですが、その間の半眼が良いようです。私は閉じての半眼という感じですが。

氣功でセルフケアをしていくのに大切なのは、まず、自分の有り様をよ〜くみるようにしていくことです。そして、みる目を育てていくと、みること=癒すことになっていきます。他人を癒すことをなさりたい方も、まずは自分をみて感じていく、癒していくことが、とてもいい練習ですし自然であり、必須かと思います。

みる目を育てていくのに、自分の内側の細部深部、自分という器全体、さらに自分という存在の外側、地球の自然界、さらに天であったり、神であったり、宇宙であったり、星であったり、月であったり、太陽であったり、、、と、つながって、かんじていくことがとても大切です。こうした練習が、氣功のおもしろさ、奥深さで、人生を生きていく上で、愛や幸せを体感できていくことになると思います。

氣が行けば血が行くについては、次回にもう少し追加して書いてみます。

バルコニーのビオラ

食飲に節あり。

11/9の夜のこと、寝る前に普段全くないゲップがたくさん出て「あっ!まずい!糖尿かも?!」と私は思いました。かねてよりお酒は飲み過ぎだなあ、夜は食べ過ぎだなあという自覚がありました。そして11/4夜はお酒飲み過ぎ、11/8日中は不規則な時間と糖分ばかりの飲食でしたから、それが引き金になって、ついに来てしまった!と直感したのです。医者には行っていませんが、自分の身体は自分が一番よく知っています。11/10夜からお酒をやめて、朝昼晩の食事にして、適量をよく噛んで食べるをしたところ、体調はすぐに回復しています。

結論を先に。『血液ドロドロは万病の元!飲食は規則正しく、食べ過ぎず、飲み過ぎず、バランスよく、お酒と甘いものは控えめに。適度な運動欠かさずに。』気功で適度な運動は問題なし、食材もお酒の品質も身体に毒はできる限り入れないがモットーなので問題なし。今度は時間と量と食べ方の習慣を変えていくということになります。お酒は11/9以来、11/20に友人宅で日本酒小瓶1本を美味しくいただきました。なので、当面10日に1回のペースにします!(やめんのかい?!)長年の習慣を変えるのは大変ですが、頑張ってみます。

漢方の古典である”黄帝内経”に記されている養生の道は「其の道を知る者は、陰陽に法り、術数に和し、食飲に節あり、起居に常あり、妄りに労を作さず、故に能く形と神と倶にして其の天年を尽き終わり、百歳を度りてすなわち去る」〜この意味は〜「春夏秋冬の気候の変化に合わせて生活し、一定の鍛錬法、一定時刻にとる適量の食事、バランスのとれた労働と休息、身体的にも精神的にも働きすぎず一定の限度を守る、といったことが長生きの秘訣である」ということです。

いつでも癒される。

例えば、一杯の温茶を飲む時、目で見て、目を閉じて、匂いを嗅いで、口に含んで舌で味わって、ゆっくりと飲み込んでいく。ジワ〜っと口の中から身体中(五臓六腑四肢百骸)へ広がっていく、浸み渡っていく、温かさ、味わい、、、ほんわかする、ほっとする、癒される。

例えば、日向ぼっこをしながら、目を閉じて、ゆったりと呼吸してみると、お日様の光と温かさが皮膚から、体内へ入ってきてくれる。ゆるゆると身体が動き出したり、膨らんだりしてくれる。戸外であれば、風のそよぎやさまざまな音も心地良く、包み込んでくれている、気持ちいいな〜、、、癒される。

氣功教室 空 では、まず、物理的に身体をさすり、動かし、ゆるめてから、地の気を始め、木火土金水の五行の気、天の気をいただく練習があります。もう少し具体的に言うと、大地、植物、山、自然の景観、太陽、月、宇宙、天、、とつながって行う練習です。さまざまな感覚が育っていきます。そして、癒されていきます。自然に日常生活の中に取り入れていけるようになります。もちろん意識的に取り入れてみることから始めるといいかと思います。

眩しいだけのお日様も撮影すると、規則性のある模様と色彩が。
バルコニーのオキザリス。小さな可憐な花にも宇宙の神秘が。
こちらもバルコニーの数珠珊瑚、花から実となり、この実の中に種がある。