8/9三鷹練習会報告、8/24は吉祥寺練習会です。

8/9は三鷹練習会でした。リアル参加者10名の皆様、ありがとうございました。今回は四肢末端を感じることから始めて、セルフマッサージ、コアのストレッチ、スワイショウ、丹田作り、八段錦、ふいご呼吸、太陽膀胱経の簡単マッサージ実習といった内容を行いました。

コアのストレッチは先月の吉祥寺練習会から始めています。コアが緊張していると身体全体の緊張がほどけないからです。また、どこまでいっても下丹田のエネルギーは元気玉ですから、ふいごの呼吸を回数多めに行いました。呼吸法は丁寧に行なっていくと、やがて気持ちよく自動的になっていきます。それを味わい、それを手放して、また感じましょう。無為自然ということがなんとなく体感できていくかと思います。

簡単マッサージ実習は、私自身が新しい住環境での寝苦しさ、鼻閉、五行のバランスの乱れを体験していましたので、太陽膀胱経という、背骨の横にあって、五臓六腑全ての背兪穴を持っている経絡のマッサージを皆さんにお伝えしたかったのです。初めて体験なさった方にも大変喜んでいただけたようです。ありがとうございました。

次回は8/24吉祥寺練習会です。また、8/13からの(水)(木)6:30~7:00 zoomにて朝のセルフケアレッスンをスタートします。寝ぼけ眼からスッキリ新鮮に一日が始められるような内容にしていきます。

7/27吉祥寺練習会報告、次は8/9三鷹練習会です。

7/27吉祥寺練習会、お陰様で楽しく終了いたしました。初めての方を含むリアル参加7名、オンライン参加3名でした。参加していただいた皆様、ありがとうございました。

今回も最後に2人組になって、手当てをしていただきました。各々が手当をして欲しいところを相手にオーダーして行ってもらいました。オンライン参加が3名でしたので、オンライン同士1組と、リアルとオンラインの1組は遠隔になります。そしてリアル同士3組。遠隔組も問題なく手当できた結果に、体験者から驚きの声と経験者からもやはりそうだったかの納得の声が上がりました。氣功の大きな魅力です。

次回は8/9(土)13:15~16:15三鷹練習会(三鷹市消費者活動センター・駅前地区公会堂)です。どうぞ、お気軽にご参加ください。お問合せ・お申込みをお待ち申し上げております。

練習会後、吉祥寺を17:30頃に出ると19時頃に明覚駅に着きます。明覚駅前からの夕陽に染まった雲。

聴覚と恐れ

吉祥寺からときがわ町に移住して、マンション3階から平家生活になった。思った以上に大きな環境変化で、正直なところ、ビビったり、恐がったりすることも多くあった。何が一番怖かったかと言うと『正体のわからない音』。防犯もあって、夜は雨戸を閉める。外からいろいろな音が聴こえてくる。寝床につくと尚更で、ゴオー、パチン、コン、ガサゴソ、ポツポツ、ザッザッ、ブーン、、、これが一つ一つ恐い!!なんでかと言うと、何の音かわからないから!!!わからないから、音の正体を耳からエネルギーの糸を出して探しに行く→推察する→わかる、を繰り返す。わかると大抵のものは安心する。わかるまでに恐い想像を働かすとさらに恐くなってしまう。なるほど、五行の水は(腎臓、膀胱、生殖器、骨)耳、恐れということ、しかも本能的な根源的な恐れだということに納得する。

わからなかった音の正体だが、今はほとんどわかってきた。家の前を流れる川の小さな滝の音、飛行機の音、雨がまだらな石敷きを渡ってくる音、虫が雨戸に突撃してくる音、竹の葉やらが軒に落ちてくる音、、、などなど。わかると本当に安心する。幸い鹿や猪、もちろん人間も家の周りを徘徊していることは無さそうだから。

正体がわかっても恐怖?は災害かな。家の前を流れる雀川は大きな川ではないが、線状降水帯が出た時にとても水位が上がった。家の中からは水位の上昇が見えなかったのと、経験がないから「早く止まないかなあ」と私自身はのんびり構えていた時に、近所の方が声をかけてくださり、外に出て川の水位を見ると後70センチ位で溢れそうに!雨も小雨になってきていたのだけど、夕方だったし何かあってからでは遅いので、避難リュックを持ってその方の家に1時間位、居させていただいた。本当に優しいご近所さんで、私が引っ越してきたばかりで心細かろうと案じてくれたと言う。感謝、感謝です。

これからも自然災害、私の家の場合は特に大雨には注意を要する。氣功も知る人は知る方法で、とても役立てているけれど、自然への畏怖は大切。そして、日常生活でも自然を汚さない、資源を大切にする、循環のための活動に参加するなど、できることはやっていきます。アメブロのブログ https://ameblo.jp/kikou-sora/ に最近、参加した活動を書きましたので、ご覧ください。

雷雨の後位の家の前の雀川
朝の散歩コースのお地蔵様

7/13吉祥寺練習会報告、次回は7/27です。

昨日は吉祥寺練習会。初めての方〜長年の経験者まで、男性2名+女性7名のリアル参加で開催できました。広々とした和室で、お隣からは元気な子供達の声が聞こえていましたが、おかげさまで気持ちよく練習できました。

前回の三鷹練習会が、少々、鍛え系もありのたっぷりすぎる内容でしたので、今回は①座学も含めたストレッチ②ほぐしの動功〜呼吸を入れた動功〜タントウ功③二人組になって、簡単な推掌と手当の外気療法 という内容で行いました。

ストレッチは『ストレッチ・メソッド』髙橋書店の抜粋コピーを配布して、ストレッチの魅力を確認し、体の芯をほぐすストレッチを行いました。氣功の動功の中にもこうした動きは入っているのですが、ストレッチでジワ〜っと筋肉の動きを実感して行うとさらに意識的になり効果が出てきます。

二人組になっての簡単な外気療法は、とても簡単な手技を天の光シャワーを浴びながら行っていただきました。本当に皆さんが素直にそのまま、自然に相手を思いやりながらやってくださっていた姿が美しかったです。練習会最後の感想でも、この外気療法が大変気持ちよくスッキリしたというお言葉が一番多かったです。ありがとうございました。

私の帰路の八高線から入間川と夕陽です。

4毒抜き 朗報

医食同源と言います。どんなに身体にいいことをしていても、食が悪いと健康になれません。小麦粉、植物性油、甘いもの、乳製品という四毒を食べないという4毒抜きについて、私も実践し、こちらのブログでも何回か書いてきましたが、5月に生徒さんから涙が出るほど嬉しい報告をいただきました。下記がその抜粋です。

『去年の秋に萩原先生から吉野先生の話をして頂き、youtube吉野敏明チャンネルを毎日見ていたら、4毒まみれ特に植物油を摂取し続けた60数年間だったとゾッとし、飲み会以外は4毒抜きを実行しました。正直、4毒抜きはとても辛くて辛くて、夢でナッツやアボガド(両方とも植物性油)を探し求めるという始末で、、、そして、先日、橋本病の血液検査をしたところ、今まで薬を飲んでもTSHというホルモンが高止まりしていたのですが、今回3.08までになったのです。2025年5月1日です。5ヶ月で正常値!?基準値のど真ん中まで下がり、医者もポカンとしていました。日本食が好みではないわたしにとっては、大変苦しい五ヶ月でしたが、ここまで結果が出るとは思いもしませんでした。これからも4毒抜きを続けていこうと思います。』

世の中に全く同じ人はいないので、各々の体質や年齢や生活習慣によって、4毒抜きの効果もすぐに出る人、なかなか出ない人がいると思います。でも効果ということだけでなく、敗戦後にどんどん輸入されたこの4毒の中毒になり、病気が増え続けている日本人です。少しでも日本人の昔(戦前)の食生活に戻して、薬に頼らない健全な日本社会になればいいなと願っています。

最後に私自身の4毒抜きについてですが、ときがわ町に移住してきて、大家さんにいただいたり、いつでも取っていいですよと言われたビワ、そして姉が持ってきたプルーン、この2つを甘いものと知りつつ、毎日すこ〜しだけ、いただいています。加速して中毒化しないようにします!皆さん、頑張りましょう!

夏至の日に新天地でスタート

昨日の夏至の日、氣功教室 空、新天地のときがわ町での初レッスン開催しました!嬉しいことにオンライン参加4名、リアル参加2名の方々と素敵な時間をご一緒できました。ちょうど夏至点時刻には、瞑想でご自身の内側からの願いを心の内で言葉にしていただきました。

私自身も移住してからずっと忙しく、氣功にまとまった時間をかけられていませんでしたが、昨日の夏至の天の光は、本当に驚くほどに、まっすぐ強く光り輝き、降りてきていました。新天地から素晴らしいスタートができたと思っております。

世界は日本は今、大変化の渦中です。この大変化の方向性を違えてはいけない。今日は東京都議会選挙、7月に参議院選挙も控えています。ときがわ町でも、耕作放棄地、太陽光パネル、移民、閉まって老朽化していく店舗、多い高齢者、少ない子供の数、、、日本が抱えている問題が全てあるとリアルに感じています。日本人として幸せに誇りを持って生きていける社会を作っていきましょう。そうした意識を持って、社会に目を向け続けましょう。私たちの意識は素晴らしい力を持っています。

朝、近所から摘んできた花を床の間にいけました。
夏至の夕暮れ

国民運動に参加して。

昨年から4回の国民運動に参加しました。キッカケは流行病やその対策に疑問を抱いたことです。林千勝先生と井上正康先生が共同代表の「WHOから命をまもる国民運動」の呼びかけに応じて、2024は、4.13池袋公園、5.31日比谷野音、9.28有明防災公園の各回でデモ行進に参加し、2025年は昭和の日4.29に厚労省前の街頭演説を聞きにいきました。

14年間、氣功教室で氣功クラスや外気療法をしてきました。同時に非常勤ですが介護支援専門員をやってきました。どちらも健康や人生に関わることです。命の大切さを痛感してきました。流行病の時、私自身も接種を強要されて非常に疑問と憤りを感じました。介護は厚労省の管轄です。注射を射てば射つほど不健康になっているのに信じて疑わないお年寄りを目の前にして、少しづつ注射の危険性をお話することもしてきました。でもDSの傀儡政府は着々とまた新しい毒を撒き散らそうとしている。

そして昨今の物価高、消費税もやめない、食料自給率が低いのに農業を守らず、お米も高くて貧困化は進む一方、外国にお金を渡して移民がどんどん増えて、、、このままでは日本人は滅びゆく民となってしまう。私にできることは小さいけれど、これからもこの気持ちを行動にしたいと思っています。

何をするにも健康第一です。私にとっては、四毒ぬきの食事、氣功、自然に触れる、そして家族・友人・仲間との交流が大切です。皆様、これからもよろしくお願い申し上げます。

私と氣功〜その参

「不自由な身体」さて、氣功を習い始めた頃に戻ろう。全くもって、思うように身体が動かないことに驚いた。上下に揺することも横にゆらゆら揺らすことも、なんともぎこちなく不自然で、もちろんストレッチも痛いだけで、足の指も開かないというか脳からの指示が指先に伝わらないのだ。自分でもびっくりした。脳梗塞一歩手前だったのだと思う。

「内側のブロック」それでもゆったりとした動作で呼吸を入れていくと気持ち良くて、洗い流すような方法も好きで、、、だんだんと身体のぎこちなさも取れてきて、上下に揺するのも横に揺れるのも自然になっていった。そして胸の内側の奥深くにある硬いものにも気づいていった。これは手強そうで放っておくことにした。

「臍の緒は宇宙に繋がっていた」週に1回ペース教室に通っていたのが3年位たって、自宅でも徐々に練習するようになってきたある日、たぶん臍下丹田ができてきて「ああ、臍の緒から宇宙に繋がっているんだ!」って感動した。今まで知らなかった自分の身体の内部を探検しているようだと思った。

「百会が開いた」こちらは5年くらい経っていただろうか?週に2回教室に通うようになっていた。自宅でも呼吸法をしている時に、頭のてっぺんの穴である百会を本当に呼吸が出入りする感覚が一気にきて、一段と氣功が気持ちよくできるようになった。百会は確かに天に繋がる穴だと実感した。

「ブッロックが崩れ落ちた」やはり気功を習い始めて5~6年経っていただろうか?外気療法を仕事にしたいと思い始めていたと思う。でも自分にその資格があるのだろうか?愛ってなんだろうか?愛することができるだろうか?と悩みながら練習をしていたら、突然ポロポロと涙が溢れて、今から思うと自分を許せたのだと思う。胸の内側の奥深くにある硬いものが音を立てて崩れ落ちた。

「全身全霊で丁寧に行う」氣功を習い始めてから長らく劣等感に苦しみ、雑念の多さに驚き、感情に揺さぶられた。そこから脱却できたのはどうしてかな?と振り返ってみると、全身全霊で丁寧に行うことにポイントがあると思う。そうすると雑念や感情の入る隙間がだんだん無くなってくる=自分と共にいる=今にいる。だんだんと他者と比較する必要が無くなってくる。

「自由になっていこう」内から外へ、外から内へ。地から天へ、天から地へ。そんなことをこのカラダ(器)を通しながら練習していく。中心と軸ができてくる。感じると観じるができるようになってくる。コントロールするとコントロールを手放すができるようになってくる、、、たくさんの体感が自由を教えてくれる。

今の私は、氣功をしている時、私の細胞の隅々まで労り、私の心身の癖を認め自然に戻ろうと試み続け、私の全てを愛することができるようになってきたと思っている。そして、小宇宙の私は大宇宙を映し出しているのだから、私=みんな=世界=宇宙なのであれば、全ては⭕️である。〜おしまい〜

私と氣功(教室)〜その弍

「二足の草鞋」確か2011年のバレンタインデーに吉祥寺に引越した。始めから氣功の仕事だけで生計を立てられると思っていなかったので、介護支援専門員(ケアマネジャー)の仕事も非常勤で始めることにした。なんだろう?お金も何もなかったけれど、友人が協力してくれたりして滑り出しにあまり不安はなかった。やりたかった氣功の仕事が始められて(生計を支えてくれるケアマネジャーの仕事もあって)生きていけることに感謝しかなかった。

「プロになる前に」3ヶ月は氣功仲間に練習台になってもらって、いろいろアドバイスももらった。成長していくしかなかった。そして2011年6月に氣功教室 空 という名で正式に開業した。氣功を習い始めたからちょうど9年が経っていた。後輩が最初のホームページを作ってくれたり、無料体験施術のお手伝いをしてくれた。ありがたかった。

「レッスンと外気療法」少しづつ外気療法や氣功法クラス(セルフケアをしてほしくて)のお客様ができてきた。後輩に厳しい指摘も受けたけれど、それでも伸び代しかないし、今になって思えば、生徒さんの数が増えて、外気療法を定期的に受けてくれる方もできたから、軌道に乗ったのだ。いらしてくださった皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。

「習い続けていたから」氣功教室を始めてからもずっと氣功を習い続けていた。二人の先生についていた時期もあった。2020年には氣功を習うのは自主卒業したけど、太極拳を今も習っている。素晴らしい先生方に育てていただき、見守っていただいたと感謝しかない。ありがとうございました。〜続く〜

私と氣功〜その壱

氣功を始めてからもうすぐ24年目に入る。初めて外気療法を受けたのはさらにその1年半前くらい。当時は離婚後で、お金もなく、、、いろいろ事情があったけれど、やっと介護職で正社員になり貧乏ながらも習うお金ができたので習い始めた。介護職の方ではすぐにぎっくり腰をして、更年期にも入ってきて、白内障にもなり、、、でも氣功をすると気持ち良かったし、なんだか明るくなれて、気功教室での仲間もできた。

そうこうするうちに、介護の仕事では管理職になり、これが激務すぎて、7年やった後に退職して、失業した。将来の不安はあったけれど、気功は続けて教室にも通い続けて、きっと心の支えになっていた。進行していた白内障を治したくて、先生の外気療法も定期的に受け、外気療法は身体と心と霊性へのアプローチであることを身をもって体験した。そのうちに私も氣功を仕事にしたいと思う気持ちが湧き上がってきて、先生にも仲間にも公言するようになっていった。

結局、白内障はだいぶ進行していたので手術をした。忘れもしない2010年の晩秋だった。手術をした後にこの肉眼で見える世界が美しすぎて、お月様の模様や木々の紅葉やお日様の光や雨粒や、、、毎日この上ない喜びでいっぱいで、、、「ああ、もう自分のことは十分だなあ、誰かのために役立ちたいなあ、それを氣功でやりたいなあ、人生は短い!よし、もう今だ!やろう!」と決めた。気功を習い始めてから8年半が過ぎた頃だった。<続く>