私と氣功〜その参

「不自由な身体」さて、氣功を習い始めた頃に戻ろう。全くもって、思うように身体が動かないことに驚いた。上下に揺することも横にゆらゆら揺らすことも、なんともぎこちなく不自然で、もちろんストレッチも痛いだけで、足の指も開かないというか脳からの指示が指先に伝わらないのだ。自分でもびっくりした。脳梗塞一歩手前だったのだと思う。

「内側のブロック」それでもゆったりとした動作で呼吸を入れていくと気持ち良くて、洗い流すような方法も好きで、、、だんだんと身体のぎこちなさも取れてきて、上下に揺するのも横に揺れるのも自然になっていった。そして胸の内側の奥深くにある硬いものにも気づいていった。これは手強そうで放っておくことにした。

「臍の緒は宇宙に繋がっていた」週に1回ペース教室に通っていたのが3年位たって、自宅でも徐々に練習するようになってきたある日、たぶん臍下丹田ができてきて「ああ、臍の緒から宇宙に繋がっているんだ!」って感動した。今まで知らなかった自分の身体の内部を探検しているようだと思った。

「百会が開いた」こちらは5年くらい経っていただろうか?週に2回教室に通うようになっていた。自宅でも呼吸法をしている時に、頭のてっぺんの穴である百会を本当に呼吸が出入りする感覚が一気にきて、一段と氣功が気持ちよくできるようになった。百会は確かに天に繋がる穴だと実感した。

「ブッロックが崩れ落ちた」やはり気功を習い始めて5~6年経っていただろうか?外気療法を仕事にしたいと思い始めていたと思う。でも自分にその資格があるのだろうか?愛ってなんだろうか?愛することができるだろうか?と悩みながら練習をしていたら、突然ポロポロと涙が溢れて、今から思うと自分を許せたのだと思う。胸の内側の奥深くにある硬いものが音を立てて崩れ落ちた。

「全身全霊で丁寧に行う」氣功を習い始めてから長らく劣等感に苦しみ、雑念の多さに驚き、感情に揺さぶられた。そこから脱却できたのはどうしてかな?と振り返ってみると、全身全霊で丁寧に行うことにポイントがあると思う。そうすると雑念や感情の入る隙間がだんだん無くなってくる=自分と共にいる=今にいる。だんだんと他者と比較する必要が無くなってくる。

「自由になっていこう」内から外へ、外から内へ。地から天へ、天から地へ。そんなことをこのカラダ(器)を通しながら練習していく。中心と軸ができてくる。感じると観じるができるようになってくる。コントロールするとコントロールを手放すができるようになってくる、、、たくさんの体感が自由を教えてくれる。

今の私は、氣功をしている時、私の細胞の隅々まで労り、私の心身の癖を認め自然に戻ろうと試み続け、私の全てを愛することができるようになってきたと思っている。そして、小宇宙の私は大宇宙を映し出しているのだから、私=みんな=世界=宇宙なのであれば、全ては⭕️である。〜おしまい〜

私と氣功(教室)〜その弍

「二足の草鞋」確か2011年のバレンタインデーに吉祥寺に引越した。始めから氣功の仕事だけで生計を立てられると思っていなかったので、介護支援専門員(ケアマネジャー)の仕事も非常勤で始めることにした。なんだろう?お金も何もなかったけれど、友人が協力してくれたりして滑り出しにあまり不安はなかった。やりたかった氣功の仕事が始められて(生計を支えてくれるケアマネジャーの仕事もあって)生きていけることに感謝しかなかった。

「プロになる前に」3ヶ月は氣功仲間に練習台になってもらって、いろいろアドバイスももらった。成長していくしかなかった。そして2011年6月に氣功教室 空 という名で正式に開業した。氣功を習い始めたからちょうど9年が経っていた。後輩が最初のホームページを作ってくれたり、無料体験施術のお手伝いをしてくれた。ありがたかった。

「レッスンと外気療法」少しづつ外気療法や氣功法クラス(セルフケアをしてほしくて)のお客様ができてきた。後輩に厳しい指摘も受けたけれど、それでも伸び代しかないし、今になって思えば、生徒さんの数が増えて、外気療法を定期的に受けてくれる方もできたから、軌道に乗ったのだ。いらしてくださった皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。

「習い続けていたから」氣功教室を始めてからもずっと氣功を習い続けていた。二人の先生についていた時期もあった。2020年には氣功を習うのは自主卒業したけど、太極拳を今も習っている。素晴らしい先生方に育てていただき、見守っていただいたと感謝しかない。ありがとうございました。〜続く〜

私と氣功〜その壱

氣功を始めてからもうすぐ24年目に入る。初めて外気療法を受けたのはさらにその1年半前くらい。当時は離婚後で、お金もなく、、、いろいろ事情があったけれど、やっと介護職で正社員になり貧乏ながらも習うお金ができたので習い始めた。介護職の方ではすぐにぎっくり腰をして、更年期にも入ってきて、白内障にもなり、、、でも氣功をすると気持ち良かったし、なんだか明るくなれて、気功教室での仲間もできた。

そうこうするうちに、介護の仕事では管理職になり、これが激務すぎて、7年やった後に退職して、失業した。将来の不安はあったけれど、気功は続けて教室にも通い続けて、きっと心の支えになっていた。進行していた白内障を治したくて、先生の外気療法も定期的に受け、外気療法は身体と心と霊性へのアプローチであることを身をもって体験した。そのうちに私も氣功を仕事にしたいと思う気持ちが湧き上がってきて、先生にも仲間にも公言するようになっていった。

結局、白内障はだいぶ進行していたので手術をした。忘れもしない2010年の晩秋だった。手術をした後にこの肉眼で見える世界が美しすぎて、お月様の模様や木々の紅葉やお日様の光や雨粒や、、、毎日この上ない喜びでいっぱいで、、、「ああ、もう自分のことは十分だなあ、誰かのために役立ちたいなあ、それを氣功でやりたいなあ、人生は短い!よし、もう今だ!やろう!」と決めた。気功を習い始めてから8年半が過ぎた頃だった。<続く>

謹賀新年

令和7年、明けましておめでとうございます。平和で幸せな一年になりますように!

今年も初日の出を井の頭公園でお迎えすることができました。ジョギングもできて良かったです。年齢はまた一つ増えますが、天地につながって、精を養い、気を明るく、神を澄み渡らせて、生きていきたいと思います。

皆様、素晴らしい一年に致しましょう。

食と愛国心〜4毒抜きの効果

8月から4毒(小麦粉、食用油、乳製品、甘いもの)全てをやめて、はっきりと目に見える効果が上がったご報告です!

先日4ヶ月半ぶりに歯科医院にクリーニングに行きましたら「全部の歯の歯周ポケットが浅くなってますよ!何かなさいましたか?」と驚かれたのです。思い当たるのは4毒抜きだけです。特に甘いものと食用油を抜いている効果が出たんだと思います。なぜなら小麦粉は2021年秋から徐々にやめていたし、乳製品も朝のコーヒーに牛乳を入れる程度にしていたので、普通に摂っていた小麦粉の入っていない甘いものと食用油をやめたことの効果が出た!と。唾液の質も以前よりスッキリしています。

歯周病は全身のあらゆる病気に関係するものです。認知症にも関係していますから、この改善結果はとても嬉しかったですし、今後も4毒抜きと歯と歯茎のケアを続けていこうと思いました。

食用油は神経の症状にも大きく関係しているようですが、私もやめる直前の3週間位、右目がヒクヒクしていたのはすぐに無くなりました。肌が綺麗になったり、あらゆる嚢胞の予防にも期待です。どんなに高級で良いとされるオリーブ油も胡麻油も亜麻仁油も全部、それだけでなくカレー粉やココアやナッツ類も油も含んでいますから、結構、好きなものをやめましたが、何かを+するのでなく、ーすることで、こんなふうにちゃんと効果が出るなんて、やっぱり4毒抜きは凄い!これからも続けます。

下の写真は、大好きな1並びの11月11日に井の頭公園で撮ったものです。カワセミさんはやはり美しいです。そして紅葉もこれからどんどん深まりますね。日本の移りかわる自然、古来からの恵ある日本食、日本に生まれて日本人に生まれて良かった!と、本当にありがたいなあと感謝し、また、この日本を大切に次世代へ繋いでいきたいと思います。

父の日に。

私の父は、軽い脳梗塞を繰り返しながら10年位、両手に杖を持ってなんとか自分で歩いて、膝の手術やら大腸ポリープ手術やらもしましたが、自宅で過ごしてました。でも家の中でも転ぶことが多くなって、自分から入院すると言って、亡くなる半年前位に老健施設に入って母が「また家に戻るよ」と言っていた矢先に、風邪から肺炎になり病院入院して1ヶ月半位で亡くなってしまいました。いざ入院したら今度は「死にたくない」と騒いで、食いしん坊だった父が何も食べれず飲めず、点滴の管と排尿の管をつけて、タン吸引してもらったりしながら、私がお見舞いに行くと「こんな筈じゃなかったんだよ」って顔をしていました。でもまだ声が出た時は帰り際に「がんばれよ〜」と私に言ってくれたのです。

私はそんな辛そうな父の身体をマッサージしてあげたり、遠隔外気療法したりしましたが、やはり最期に近づいているので、父の手を握りながら「お父さん、あの世は怖くないからね」と父にもみせるつもりで、美しい宇宙空間を想い描いていました。私が病院に行くのは週1回、電車に乗って夜の病院へ見舞いに行っていました。そして、入院してから1ヶ月半位後の私が見舞った翌朝に父は静かに逝きました。父が亡くなってから今日までまた10年半位経ったと思います。

入院してからのあの苦しい辛い時間は、父が仏様になる時間だったと思います。そして家族の心も仏様になる時間だったのだと思うのです。最期は思い残すことなく父は逝き、家族も思い残すことなく看送れたのだと思うのです。

私の好きな言葉に道元さん(日本における曹洞宗の開祖)のこんな言葉があります。『ただ わが身をも心をも はなちわすれて、仏のいへになげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる』

父が逝って長らく、私が「父さん」と思えば、光の粒子になった父の存在をすぐ近くに感じていました。最近では光の粒子というよりも父の笑顔が浮かんできます。

「お父さん、ただただ、ありがとう」

下の写真は、井の頭公園のオオバンの親子です。

春分とお彼岸と桜。

今年は桜が咲くのが早いですね〜。井の頭公園はもうお花見楽しめます。そして明日は春分の日でありお彼岸中日です。何だかてんこ盛りの感じですが、他にも諸々明日はとっても良い日だそうです。ありがたく感謝です。そして明後日は新月と続いています。

春分の日は、太陽が赤道上にあって地球上のどこにいても昼と夜の長さが同じになる。自然をたたえ、生物をいつくしむ日。お彼岸はご先祖を供養する1週間で春分の日はその中日。明日はさらに一粒万倍日(最強の開運日で何かを始めるのに最適な日)、天赦日(神様が天に昇り万物の罪を許してくれるため何をやってもうまくいく日)、寅の日(干支を軸に12日毎に巡ってくる吉日で特に金運に縁ある日)が重なるそうです。

こんな素晴らしい明日3月21日。そしてその後の新月、、、日々を大切に過ごしたいですね。

私は今日が休業日でしたので、お馴染みの井の頭公園ジョギングをしました。そして、桜を観て、弁財天様とお不動様をお参りしてきました。ありがたい限りです。皆様にとっても佳き日々となりますように。

いのちは自然

植物や動物をみていると、なんて強いのだろう!と感心する。もし彼らが弱ってしまった時は、大体は人間が何かしてしまった結果だ。たとえば、我が家の植物も水をやりすぎたり、下手に植え替えたりすることで弱ってしまう。

例えば、今、読んでいる福岡正信さんの“「自然農法」わら一本の革命”の中で、樹型の自然型について語ったこういう文章がある。

枝は交互に出る。これで自然に放っておくのが一番いい。、、、略、、、苗の枝先をちょっと切っただけでも、自然型ではなくなってしまう。初めからそっくり育っているものでなくてはならないのです。、、、略、、、自然というのは、生まれながらのまま、裸のままのものが、そっくりそのまま健全に育った場合のみ、自然型になる。

人も同じで、大人になるまでたくさんの不要な癖やら考えやらを付けてしまって、これを外すのが中々難しい。気功の練習でも身体が自然になって楽で頭に何の考えもなくなった時に、一番いい状態に入れる。いのちは元々、自然なのだ。

では、この辺りで。すっかり春らしくなった井の頭公園のイキイキとした生き物たちの写真をご覧ください。お読みくださりありがとうございます。

謹賀新年。

2023年、明けましておめでとうございます。

快晴の元旦。初日の出ジョギングに井の頭公園へ。昨年みつけた富士山の見えるポイントへ行くと既に初陽を受けた富士山。そして、振り向くと初陽。しばし合掌!

そのまま、ジョギングでいつものグランドで身体を感じながら走る。私たちのこの生命は小さな宇宙、小さな天。だからこの身体を感じることは生命、宇宙、天を感じること。生命は自然の理に生きる。今年も気功を通して、それを感じていきたいと思う。

気功でやるように地につながり、天につながり、そして人として生きる。私というこの人の中に全てを含んで、感じて、観じて、愛と光で生きる。

そんな2023年にしたいと思います。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

2023年 元旦

氣功教室 空 萩原美子

2022年の大晦日に。

年末は大掃除に大洗濯に買物に料理に、、、あっという間に、今日は2022年大晦日。いやあ今年もいろいろありましたが、こうして動けて、氣功教室 空 も気功法クラスや外気療法ができて、素敵な皆様とのご縁を頂戴して、無事に終えられることができて、本当に感謝です!誠にありがとうございました!

友人をお誘いして、今日は明治神宮に御礼参りに行ってきました。今日の昼過ぎまで曇り模様で行く電車の中から、天使の梯子のように光がい〜ぱい注がれていました。ぼうっと眺めていたら一言「強く生きなさい」と降りてきました。

お参りを終えて、正門の内側からの鳥居。

2022年は、コロナは勿論のことお金のことやら政治のことやら、今までになく問題意識を持った一年でした。問題意識を持つと心穏やかでなくなることも。「この国の明日のために、子供たちの未来のために、じゃあ、私はどうしたらいいのだろう?何ができるのだろう?」と無力感を感じて焦ることも。

そんな私を助けてくれたのは、気功から入っていく瞑想であり、唯一知っているお経である般若心経でした。ありがたいなあと思います。2022年の大テーマは愛でした。小テーマはつながりでした。このテーマは普遍であり不変。そして光。

お礼参りの後に友人とお茶をして出てきたら、街は光に溢れていました。心も洗われて、またまた感謝です。ありがとうございます。後数時間で2023年になります。私たちは皆、天に愛されている光の存在。この一瞬一瞬をありがたく、生きていきましょう!

すっかり晴れて光溢れる神宮。
吉祥寺に降りて井の頭公園での夕陽。