聴覚と恐れ

吉祥寺からときがわ町に移住して、マンション3階から平家生活になった。思った以上に大きな環境変化で、正直なところ、ビビったり、恐がったりすることも多くあった。何が一番怖かったかと言うと『正体のわからない音』。防犯もあって、夜は雨戸を閉める。外からいろいろな音が聴こえてくる。寝床につくと尚更で、ゴオー、パチン、コン、ガサゴソ、ポツポツ、ザッザッ、ブーン、、、これが一つ一つ恐い!!なんでかと言うと、何の音かわからないから!!!わからないから、音の正体を耳からエネルギーの糸を出して探しに行く→推察する→わかる、を繰り返す。わかると大抵のものは安心する。わかるまでに恐い想像を働かすとさらに恐くなってしまう。なるほど、五行の水は(腎臓、膀胱、生殖器、骨)耳、恐れということ、しかも本能的な根源的な恐れだということに納得する。

わからなかった音の正体だが、今はほとんどわかってきた。家の前を流れる川の小さな滝の音、飛行機の音、雨がまだらな石敷きを渡ってくる音、虫が雨戸に突撃してくる音、竹の葉やらが軒に落ちてくる音、、、などなど。わかると本当に安心する。幸い鹿や猪、もちろん人間も家の周りを徘徊していることは無さそうだから。

正体がわかっても恐怖?は災害かな。家の前を流れる雀川は大きな川ではないが、線状降水帯が出た時にとても水位が上がった。家の中からは水位の上昇が見えなかったのと、経験がないから「早く止まないかなあ」と私自身はのんびり構えていた時に、近所の方が声をかけてくださり、外に出て川の水位を見ると後70センチ位で溢れそうに!雨も小雨になってきていたのだけど、夕方だったし何かあってからでは遅いので、避難リュックを持ってその方の家に1時間位、居させていただいた。本当に優しいご近所さんで、私が引っ越してきたばかりで心細かろうと案じてくれたと言う。感謝、感謝です。

これからも自然災害、私の家の場合は特に大雨には注意を要する。氣功も知る人は知る方法で、とても役立てているけれど、自然への畏怖は大切。そして、日常生活でも自然を汚さない、資源を大切にする、循環のための活動に参加するなど、できることはやっていきます。アメブロのブログ https://ameblo.jp/kikou-sora/ に最近、参加した活動を書きましたので、ご覧ください。

雷雨の後位の家の前の雀川
朝の散歩コースのお地蔵様

感覚を磨く。

猛暑も少しだけ、和らいできました。皆様、お元気ですか?夏バテが出ている方もいらっしゃるようで、エネルギー補充に外気療法を受けにいらして、スヤスヤと眠られ、さっぱりしたお顔でお帰りになられました。健康の下支えにこのように外気療法を活用していただけることが、とても嬉しいです。

そして、気功法クラス。数年前まで、夏は成長著しい季節でしたから、動功(意と気を結合させて動く功法)を多めにしていただくことをお勧めしましたが、現在はバルコニーの草花も萎れてしまう位に厳しい暑さのため、セルフマッサージやストレッチ、動功、静功(座位や立位など静的な姿勢で、リラックスして行う呼吸法や意守法など)を各クラス参加者の様子をみながら、最後には気の補充ができるように行っています。

さて、表題の『感覚を磨く。』生きる上で大切なこと、寒さも暑さも肌で感じる、味は味覚で、匂いは嗅覚で、音は聴覚で感じる。そして、視覚は独特なもので上手く説明できないけれど、意識をすることと密接に関わっている。意識を向けると同時に目も向く。この目は肉体的な目の場合もあれば、意識的な目の場合もある。第三の目という言葉のある通り。しかし、目は使いすぎると頭が大変疲れるので、ちゃんと休める必要があります。

中医学では、五行に相応する五竅があります。木=目、火=舌、土=口、金=鼻、水=耳。教室では、この五竅も活性化させ、もちろん、骨や筋や皮膚、そして内臓の活性化も図ります。こうして感覚を磨きながら、健康になっていき、さらにこの”いのち”のさらなる広がりへと氣感を高めていくのです。

高度?な情報社会であるからこそ、自らの感覚を磨いて、情報に翻弄されるのではなく、直感的に真理を感じていたいものです。でもそうすると、この人間社会が向かう先に暗雲を感じざるおえない面もあるのですが、、、そんな時、雲の向こうには必ず晴れた空があることを思い出して(この感覚がわかる功法もあります)、自らできる最善を尽くしながら、明るく生きていきたいと思う今日この頃です。

昨日の外出帰り、夕暮れ前の井の頭公園。足の裏から伝わってくる大地の気を感じながら、腰を緩めて歩き、目に飛び込んでくる美しい自然の要素に目を向けて撮影する。楽しい一時でした。

七井橋から、カイツブリの親が雛に餌をあげている瞬間。
よく出会う白鷺さんかしら?