皆さま こんばんは。新元号が『令和』と発表されましたね。令の字の解釈には、いろいろあると思いますが、私が感じたことを書きます。
氣功は宗教ではありませんが、氣功が発展したのは中国の春秋戦国時代だそうです。ちょうど老子や孔子の時代だから、道教や儒教や仏教と関わりが深いです。私の友人と仏教の話をしていた時、「仏教は学問なのだよ」と友人が言いました。なるほど、道教も儒教もそうでしょう。きっと古代から人は「なぜ生まれ、死んだらどこに行くのか?あの星は何故あのように輝いて、位置を変えてゆくのか?この世界はどうなっているのか?なぜ、争いが起きるのか?・・・」というたくさんの問いを持ち、答えを探していた。それが経典の中に書かれているのでしょう。そして、老子や孔子の争いが絶えない時代に人は真理を求め、宇宙やこの世界を観察し、命というものを観察し、草や石を食べ、長生きする動物の動きを真似、瞑想を重ねたのでしょう?
さて、令という字。『おきて』という意味。でも、この世界に争いごとがなかった時、人が慈しみあって生きていた時、『おきて』は、この世界の宇宙のありよう、森羅万象の創造主、神様だったのだと思います。いっぱいいっぱい分離されて小さな世界になってルールが必要になって、そんな社会になってしまったけれど、大切なことは大元にある。宇宙、天、神と、呼び名はいろいろだけれど、そことつながっていることが、きっと大切。その根源の令とつながっていたいと思います。氣功を通して。





桜は、本当に雪のよう。どの花も美しいけれど、やはり桜には、交響曲のように酔いしれてしまう。写真展ができるくらい、た〜くさん写真撮っていました。ではまた。
