夏至の日に新天地でスタート

昨日の夏至の日、氣功教室 空、新天地のときがわ町での初レッスン開催しました!嬉しいことにオンライン参加4名、リアル参加2名の方々と素敵な時間をご一緒できました。ちょうど夏至点時刻には、瞑想でご自身の内側からの願いを心の内で言葉にしていただきました。

私自身も移住してからずっと忙しく、氣功にまとまった時間をかけられていませんでしたが、昨日の夏至の天の光は、本当に驚くほどに、まっすぐ強く光り輝き、降りてきていました。新天地から素晴らしいスタートができたと思っております。

世界は日本は今、大変化の渦中です。この大変化の方向性を違えてはいけない。今日は東京都議会選挙、7月に参議院選挙も控えています。ときがわ町でも、耕作放棄地、太陽光パネル、移民、閉まって老朽化していく店舗、多い高齢者、少ない子供の数、、、日本が抱えている問題が全てあるとリアルに感じています。日本人として幸せに誇りを持って生きていける社会を作っていきましょう。そうした意識を持って、社会に目を向け続けましょう。私たちの意識は素晴らしい力を持っています。

朝、近所から摘んできた花を床の間にいけました。
夏至の夕暮れ

ときがわ町で元気、もうすぐ新スタート!

皆様、お元気ですか?5月27日に埼玉県比企郡ときがわ町に移転しました。引越しの諸々は本当に大変でしたが、生徒さんのお助け、友人の励まし、家族の援助もあって、なんとかもう少しで落ち着けます。

と言いながらも、6月1日は隣の小川町の田植えイベントに参加しました。引越し日を5月にしたのもこのイベントに参加したかったからなのです。日本大好き、お米大好きなのです。第一次産業の全てを大切にしたいのですが、農業なら微力ながら何かができると思っています。

写真、見づらいですが、ドロドロの田んぼに足を入れて、大人数で田植えしましたよ。気持ち良かった〜〜〜!田植え唄を唄いながらやれば、もっと捗るだろうなあと個人的に思いました。田植え唄知りませんが、、、

引っ越してからも5/30,6/4,6/5の3日間、ケアマネジャー仕事の残務で東京に行きました。いやあ〜、ときがわ町のバスが少なくて(乗り合いタクシーというのがあるのですが予約必要で、私が使ってなくて)、往路はいいのですが、帰路は乗り継ぎが上手くいかないとすごく時間かかるのです。自宅まで小川町駅から歩くと1時間、明覚駅から歩くと50分なので、夕方の仕事帰りに歩く気力はなくバスを待つのでした。

それでも、日の長い今の季節はありがたいですね。バスを降りて家に着く頃にはこんな夕景に出会えて感謝です。

そして大雨が降った翌日には霧が出たり、畦道の花や蝶、、、

そして、今日は大家さんの梅を取らせていただくこともできました。

引越し片付け、諸々の手続き、インターネット関係、買い物等、忙しい日々でしたが、やっと落ち着いてきそうです。これからペーパードライバー講習も受けて軽自動車に乗りたいと思っています。氣功教室 空 もうすぐ新スタートです!皆様、もう少しだけお待ちくださいませ。いつも、ありがとうございます!

国民運動に参加して。

昨年から4回の国民運動に参加しました。キッカケは流行病やその対策に疑問を抱いたことです。林千勝先生と井上正康先生が共同代表の「WHOから命をまもる国民運動」の呼びかけに応じて、2024は、4.13池袋公園、5.31日比谷野音、9.28有明防災公園の各回でデモ行進に参加し、2025年は昭和の日4.29に厚労省前の街頭演説を聞きにいきました。

14年間、氣功教室で氣功クラスや外気療法をしてきました。同時に非常勤ですが介護支援専門員をやってきました。どちらも健康や人生に関わることです。命の大切さを痛感してきました。流行病の時、私自身も接種を強要されて非常に疑問と憤りを感じました。介護は厚労省の管轄です。注射を射てば射つほど不健康になっているのに信じて疑わないお年寄りを目の前にして、少しづつ注射の危険性をお話することもしてきました。でもDSの傀儡政府は着々とまた新しい毒を撒き散らそうとしている。

そして昨今の物価高、消費税もやめない、食料自給率が低いのに農業を守らず、お米も高くて貧困化は進む一方、外国にお金を渡して移民がどんどん増えて、、、このままでは日本人は滅びゆく民となってしまう。私にできることは小さいけれど、これからもこの気持ちを行動にしたいと思っています。

何をするにも健康第一です。私にとっては、四毒ぬきの食事、氣功、自然に触れる、そして家族・友人・仲間との交流が大切です。皆様、これからもよろしくお願い申し上げます。

私と氣功〜その参

「不自由な身体」さて、氣功を習い始めた頃に戻ろう。全くもって、思うように身体が動かないことに驚いた。上下に揺することも横にゆらゆら揺らすことも、なんともぎこちなく不自然で、もちろんストレッチも痛いだけで、足の指も開かないというか脳からの指示が指先に伝わらないのだ。自分でもびっくりした。脳梗塞一歩手前だったのだと思う。

「内側のブロック」それでもゆったりとした動作で呼吸を入れていくと気持ち良くて、洗い流すような方法も好きで、、、だんだんと身体のぎこちなさも取れてきて、上下に揺するのも横に揺れるのも自然になっていった。そして胸の内側の奥深くにある硬いものにも気づいていった。これは手強そうで放っておくことにした。

「臍の緒は宇宙に繋がっていた」週に1回ペース教室に通っていたのが3年位たって、自宅でも徐々に練習するようになってきたある日、たぶん臍下丹田ができてきて「ああ、臍の緒から宇宙に繋がっているんだ!」って感動した。今まで知らなかった自分の身体の内部を探検しているようだと思った。

「百会が開いた」こちらは5年くらい経っていただろうか?週に2回教室に通うようになっていた。自宅でも呼吸法をしている時に、頭のてっぺんの穴である百会を本当に呼吸が出入りする感覚が一気にきて、一段と氣功が気持ちよくできるようになった。百会は確かに天に繋がる穴だと実感した。

「ブッロックが崩れ落ちた」やはり気功を習い始めて5~6年経っていただろうか?外気療法を仕事にしたいと思い始めていたと思う。でも自分にその資格があるのだろうか?愛ってなんだろうか?愛することができるだろうか?と悩みながら練習をしていたら、突然ポロポロと涙が溢れて、今から思うと自分を許せたのだと思う。胸の内側の奥深くにある硬いものが音を立てて崩れ落ちた。

「全身全霊で丁寧に行う」氣功を習い始めてから長らく劣等感に苦しみ、雑念の多さに驚き、感情に揺さぶられた。そこから脱却できたのはどうしてかな?と振り返ってみると、全身全霊で丁寧に行うことにポイントがあると思う。そうすると雑念や感情の入る隙間がだんだん無くなってくる=自分と共にいる=今にいる。だんだんと他者と比較する必要が無くなってくる。

「自由になっていこう」内から外へ、外から内へ。地から天へ、天から地へ。そんなことをこのカラダ(器)を通しながら練習していく。中心と軸ができてくる。感じると観じるができるようになってくる。コントロールするとコントロールを手放すができるようになってくる、、、たくさんの体感が自由を教えてくれる。

今の私は、氣功をしている時、私の細胞の隅々まで労り、私の心身の癖を認め自然に戻ろうと試み続け、私の全てを愛することができるようになってきたと思っている。そして、小宇宙の私は大宇宙を映し出しているのだから、私=みんな=世界=宇宙なのであれば、全ては⭕️である。〜おしまい〜

私と氣功(教室)〜その弍

「二足の草鞋」確か2011年のバレンタインデーに吉祥寺に引越した。始めから氣功の仕事だけで生計を立てられると思っていなかったので、介護支援専門員(ケアマネジャー)の仕事も非常勤で始めることにした。なんだろう?お金も何もなかったけれど、友人が協力してくれたりして滑り出しにあまり不安はなかった。やりたかった氣功の仕事が始められて(生計を支えてくれるケアマネジャーの仕事もあって)生きていけることに感謝しかなかった。

「プロになる前に」3ヶ月は氣功仲間に練習台になってもらって、いろいろアドバイスももらった。成長していくしかなかった。そして2011年6月に氣功教室 空 という名で正式に開業した。氣功を習い始めたからちょうど9年が経っていた。後輩が最初のホームページを作ってくれたり、無料体験施術のお手伝いをしてくれた。ありがたかった。

「レッスンと外気療法」少しづつ外気療法や氣功法クラス(セルフケアをしてほしくて)のお客様ができてきた。後輩に厳しい指摘も受けたけれど、それでも伸び代しかないし、今になって思えば、生徒さんの数が増えて、外気療法を定期的に受けてくれる方もできたから、軌道に乗ったのだ。いらしてくださった皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。

「習い続けていたから」氣功教室を始めてからもずっと氣功を習い続けていた。二人の先生についていた時期もあった。2020年には氣功を習うのは自主卒業したけど、太極拳を今も習っている。素晴らしい先生方に育てていただき、見守っていただいたと感謝しかない。ありがとうございました。〜続く〜

私と氣功〜その壱

氣功を始めてからもうすぐ24年目に入る。初めて外気療法を受けたのはさらにその1年半前くらい。当時は離婚後で、お金もなく、、、いろいろ事情があったけれど、やっと介護職で正社員になり貧乏ながらも習うお金ができたので習い始めた。介護職の方ではすぐにぎっくり腰をして、更年期にも入ってきて、白内障にもなり、、、でも氣功をすると気持ち良かったし、なんだか明るくなれて、気功教室での仲間もできた。

そうこうするうちに、介護の仕事では管理職になり、これが激務すぎて、7年やった後に退職して、失業した。将来の不安はあったけれど、気功は続けて教室にも通い続けて、きっと心の支えになっていた。進行していた白内障を治したくて、先生の外気療法も定期的に受け、外気療法は身体と心と霊性へのアプローチであることを身をもって体験した。そのうちに私も氣功を仕事にしたいと思う気持ちが湧き上がってきて、先生にも仲間にも公言するようになっていった。

結局、白内障はだいぶ進行していたので手術をした。忘れもしない2010年の晩秋だった。手術をした後にこの肉眼で見える世界が美しすぎて、お月様の模様や木々の紅葉やお日様の光や雨粒や、、、毎日この上ない喜びでいっぱいで、、、「ああ、もう自分のことは十分だなあ、誰かのために役立ちたいなあ、それを氣功でやりたいなあ、人生は短い!よし、もう今だ!やろう!」と決めた。気功を習い始めてから8年半が過ぎた頃だった。<続く>

冬から春へ

皆様いかがお過ごしでしょうか?東京は暖かい日が続いていますが、ちょうど明後日の2月2日節分と2月3日立春は寒くなるそうです。漢方のバイブルである黄帝内経に記されていますが、冬は閉蔵の季節、春は発生の季節です。冬は静かに志を固めて、春から始動する。私自身も自分の内側を確認しながら節分を待っておりました。

新しい一歩を踏み出すには、まずは明るい希望、そして少しの勇気が要ると思います。スムーズにいかないと感じたらやり方を見直す、あれっ間違えた?と思ったら方向を確認、修正することだってあります。大切なのはベースにあるもの。志、動機、目標というようなもの。私というこの人の“いのち”を輝かせてあげましょう。私というこの人を大切に喜ばせてあげましょう!自分を愛することは他人を愛することにつながります。もし凹んだり暗くなることがあっても、また顔を上げて明るい方を見て歩いていきましょう。

“からだ”で感じている。

私の毎朝の健康習慣。起床前にお布団の中でゴロゴロしながらセルフマッサージしたり、足伸ばしたり、背伸びしたり。お次は、お布団の上に座って、背骨をさらに緩めながら調整。最後に般若心経を唱えます。

今日は背骨調整の時に、尾骨から頚椎までの一椎一椎に声を響かせました。意識を尾骨に向けて声を出す→仙骨に向けて声を出す→腰椎に向けて、、、、、、、を一椎一椎していくのです。丁寧にやるのは久しぶりで、とても気持ちよくスッキリ!今度皆さんともやりたいと思いました。

“感じる”のは、この“からだ”で感じています。振動(響き)や揺らぎをからだの隅々まで深部まで届けていきながら、それを認識しているのは?その全体をみているのは?、、、私とは?自分とは?、、、ということを体感していきましょう。

先日、出会えた大きな木。太く強く大地に繋がって、堂々とのびのびと天に繋がっています。そして世界の全てを感じているかのようです。

謹賀新年

令和7年、明けましておめでとうございます。平和で幸せな一年になりますように!

今年も初日の出を井の頭公園でお迎えすることができました。ジョギングもできて良かったです。年齢はまた一つ増えますが、天地につながって、精を養い、気を明るく、神を澄み渡らせて、生きていきたいと思います。

皆様、素晴らしい一年に致しましょう。

令和6年を振り返って

今日は大晦日です。皆様、今年一年、誠にありがとうございました。来年も何卒、よろしくお願い申しあげます。

私はやっと大掃除その他の新年を迎える準備が終わりました。今年を振り返ってみます。

①氣功教室 空では、特に站椿功(タントウ功)を研究、また初級・中級・上級の全クラスで指導した年。来年にも繋いでいきます。

②日本政府の駄目さに呆れ返り、行動した年。元旦に能登の地震があり、現在も復興ままならずとはどう言うことでしょう?外国ではもうとっくに終わっているコ○ナ⚪︎クチン、日本ではレの付くプの付く恐ろしいものを新たに射たせようとしているとはどう言うことでしょう?外国資本に国を売っているのはどう言うことでしょう?…というような悲しさと憤りを感じて、デモ参加3回、パブリックコメント提出2回、その他。

③吉野敏明先生の四毒抜き実践をスタートした年。とても納得できる説明で、医食同源、そして愛国心を伴って実践。多くの皆さんにもお勧めし、今も効果を実感中。

④援農をスタートした年。5回かな?埼玉の農家さんに援農に行きました。来年は移住して農ある暮らしを実現したいと思います。

その他、今年は何故か今までの人生全てをよく振り返りました。年齢のせいでしょうか?来年は大きなまた転期のようです。人生をやり切っていきます!